DONZOKO

「よく分かんないんだけど居着いちゃう辺境」みたいなブログを目指してます。気軽に遊びに来てください。

趣味とやるべきことのバランス

仕事を辞めてからというもの、心の弾力が随分と回復した。「心の弾力」という表現は秒速から教わった。8:00に起きて、夕方まで勉強、夜には本を読んで寝る。勉強するのは人生がかかっているので当然だとして、本を読む時間ができたのは本当に嬉しい。

 

以前までなら、家に帰ってくるのがだいたい20:00~21:00。そこから飯を食って風呂に入ったりしているとすぐに23:00になり、最後にちょっとゲームしたり、Youtubeを見て寝るという生活だった。読書のための時間的な余裕がないわけではないが、心の余裕がなかった。読書とか映画鑑賞にはある程度のエネルギーが必要だ。仕事から帰ってきたときには既にガス欠状態であり、思考停止状態でも楽しめるゲームやYoutubeばかり消費していた。帰宅してから行うプラスの活動は料理くらいしかなかった。

 

仕事が楽しかったならば、そんなことにはならないかもしれないが、楽しいわけがなく虚業そのものだった。「仕事のために〇〇を勉強しよう」というモチベーションが一切なかったので、休日にも同じように時間を浪費するだけだった。最低限のビジネスマナーを教えてもらったのが唯一の救いか。

 

本を読むと何が楽しいのか。悩んでいることに対し答えを見つけたり、生きるうえでの重要な気付きを得たり、とか色々あるのだろうが、自分の場合は未だ知らない面白い表現に出会えるのが一番の楽しみである。「今度ブログに使ってみよう」とか思う。それで「面白かった」と言われたら、嬉しくなってまた記事を書きたくなるし、ネタ探しで本を読みたくもなる。

 

何かを書こうと思うときにもう一つ重要になるのが、日常でのネタ探しである。趣味で写真を撮る人ならよく分かると思うが、カメラを持って歩くときと、通勤でただ歩いているときとでは世界の見え方が全く違うはずだ。カメラを持っていれば「あそこを切り取ったら面白そう」だとか「この構図は面白そう」だとか色々考えながら歩くことになる。それと同じで「何かネタになるような面白いことがないものか」と考えながら歩くのとそうでないのとでは全く見え方が違ってくる。

 

これについては大いに反省すべきことがある。昔からひらめきは馬上・厠上・枕上で起こるものとされているが、現代にはスマホという機器があり、それを大いに邪魔してくるのであった。この場でも度々書いている気がするが、自分は完全にスマホ中毒であり、特にこの一年はひどかったように思う。

 

朝、会社へ行く前に軽くシャワーを浴びることが多かったのだが、浴室にまでスマホを持って行って、水の当たらないところに立てかけながらYoutubeを流していた。ゆっくり音声の解説動画ばかり見ていたと思う。シャワーの音で音声はかき消されるので、何を言っているかは聞き取れなかった。完全に「ないと落ち着かない」状態である。

 

家で一人でいるとき、まとまった時間があるときはYoutube、何か軽作業するときは音楽ばかり聴いていた。そうすると常に頭の中に情報が入ってきて、「何かを考える」ということが難しくなるし、整理もできなくなる。しかも、Youtubeで得られる情報など大したものではない。少なくとも、自分が見ていたチャンネルの中には「生活に活かしたい」とか「これは話題として使えそう」と思えるコンテンツは無かった。クソゲー実況にそんな要素があるはずもないのだろうが。音楽に関してはその限りではないけれども。笑えるひとときを提供してはくれるものの、暇つぶしにしかならない。奇しくも、当ブログと全く同じようなテイストであり、そのことを指摘されると自分は永遠の航海に旅立ってしまいそうなくらい恥ずかしいのだが、まあ笑っていただけるのならそれでいいではないか。

 

という訳で思い当たったのが、消費だけでなく生産活動をしましょうということだった。例えばアスリートが日々トレーニングを行い、炭水化物を抑え、高タンパクな食事を摂り、素晴らしいパフォーマンスをする。一方で、トレーニングをしたとしても、食事の内容も考えず好きなものばかり食べて、トレーニングの間にチーカマを食っているような奴は、当然いいパフォーマンスは発揮できないし、そのうちブクブクと肥え運動どころではなくなる。という分かりやすいのか分かりにくいのか微妙な例えを出してしまったが、要するにバランスが大事だと思ったのであった。

 

人はある程度の制限をかけられた方が力を発揮するようだ。今の自分の状況に照らし合わせると、試験勉強。これはやるべきことであり、そのために一日のどこで何時間やるかを考える。そうするとあれこれ他にやりたいことがチャウシェスクの落とし子のようにそこらからウヨウヨ這い出てくるのだが、やるべきことの時間をしっかり確保できていれば、案外全部出来てしまったりするものだ。ただし、その「やるべきこと」が自分にとってプラスのものでないといけない。という意味では、やる気を見出せないつまらない仕事というのは誠に害悪である。実際、退職する直前1か月は、仕事が邪魔すぎてほぼ発狂していた。

 

という訳で、今後は試験勉強を軸に、1日2時間くらい本を読んで、3日に1回くらいブログを書く、というような生活ができればと思う。

 

この記事を書こうと思ったのも、ようやっと読むことを決めたラヴクラフト全集がきっかけであった。別に食わず嫌いをしていた訳ではないのだが、読み始めると面白くて仕方がない。「クトゥルフの呼び声」で主人公がエインジェル教授の研究資料を解読していくところが大好きだ。昔から、人の勉強机だとかノートだとか文房具だとかを見るのが好きという、やや特殊な性癖があるため、この手の話は妄想が膨らんで楽しい。というようなことを考えながら、音楽を聴かずに溜まった皿を洗っているときに内容を考えたのであった。早速効果がでているようで。

 

本や映画ではこういった描写(机の上だのメモだの資料整理だの)に触れることはできるが、個人のブログでそれをやっているのを見かけることは少ないなあ(面白い研究ブログとかご存じでしたら是非ご教示いただきたい)と思い、自分でそれができたらと思ったのがきっかけだった。自分は何も研究しておらず、何かを始めようと思っても恐らくアサガオの観察日記が関の山であろうが。

 

何かそういう雰囲気だけでも醸し出せたらいいのだが。ブログに目次などを付けるのが非常に苦手なので、いつも狂人日記のようなテイストになる。「エッセイっぽい」という理由で片付けてしまえば楽なのだが。まあ何か思いついたら形にしよう。

 

 

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私と同じ性癖を持つ御仁がいらっしゃるかもしれないので、机上の一部を載せておく。盛大にピントをはずしているが、撮りなおすのが面倒だった。ここだけ見ると昔のアメリカ製の時計とインク瓶で洒落た雰囲気なのだが・・・。

 

 

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全体はすごく汚ねえのであった。世界が折りたたまれた果て、というような具合になっている。こんな机の持ち主が目次をかけてたまるか、と皆様も考えておられることであろう。

 

そういえば、カメラの充電器は無事地下から発掘された。描写にしにくい形状のうねうねした生き物が地下室に閉じこもって、俺のカメラの充電器をひしと握りしめていたので、メッと叱ったら返してくれた。少し可哀想なことをした気もするので、今度プリンでも買い与えてみることにする。